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Ⅱ 戦後の終わりと復興への動き 1950-1954

写真:3枚 更新:06/08 作成:06/08 管理者
 終戦から5年、昭和25年(1950)に勃発した朝鮮戦争を契機としたいわゆる「朝鮮特需」により経済復興への兆しがみえてきた。苦しい生活を強いられながらも子供たちの笑顔に戦後の終わりを感じられるようになった。上下水道や道路などインフラ整備が進み、「国鉄復興五か年計画」により高崎線の電化が行われた。また、昭和28年(1953)から「昭和の大合併」が始まり、新たな市が続々誕生した。
子供用のキックスクーター(51) 昭和25年(1950)2月11日 川口市 川口市の工場が製作した、子供たちに人気のキックスクーター「タイガースケート」に乗る子供たち。関西で製造された従来品は1台2,500円と高価であったが、「タイガースケート」は1,500円であった。
高崎線電化試運転(129) 昭和27年(1952)3月20日 熊谷市 3月20日、運輸省は電気機関車で上野・高崎間の往復運転試験を行った。試験運転ではパンタグラフが破損し、上尾駅で修理したというハプニングもあったが、無事完走した。試乗参加者や駅員の中には、汽笛や排煙がなく走る電気機関車に違和感を持った者もいたという。
土合村教育委員会委員選挙立候補者の街頭演説(152) 昭和27年(1952)10月1日 北足立郡土合村(さいたま市南区・桜区) 10月5日、第3回教育委員会委員選挙が行われた。それまで市町村の委員会の設置は任意であったので、県内では浦和市、川口市、朝霞町、桶川町だけにあったが、昭和27年(1952)に全市町村に置かれた。写真は土合村教育委員会委員選挙の立候補者、内田てる子氏の街頭演説の様子で、馬にひかせた荷車の上で演説を行った。