お知らせ

 

チラシ(PDF)はこちらから御覧になれます

 

 県立文書館は、鎌倉時代から戦国時代にかけての中世文書、約200点を収蔵しています。本展は、それら中世文書から、主に南北朝・室町時代から戦国時代にかけて、東国を拠点として勇猛果敢と恐れられた「坂東武者」が、中世という大きな時代のうねりの中を、どのように生き抜いていったのか、そしてどんな歴史を築いていったのかを描き出します。

 本展では、現物を中心に、展示替えを含む総数で約90点もの中世文書を展示します。そのうち県指定有形文化財の「安保文書(あぼもんじょ)」37点を、文書館では初めて、現物を全点公開します。

 

1 企画展の概要

(1)会  期 令和4年9月17日(土曜日)から令和4年11月20日(日曜日)まで

(2)会  場 県立文書館 1階 展示室

(3)休 館 日 毎週月曜日(但し11月14日〔埼玉県民の日〕は開館し、翌日休館)

         祝日(9月23日(金曜日)11月3日(木曜日)

         館内整理日(9月30日(金曜日)・10月11日(火曜日)~10月20日(木曜日))

(4)開室時間 9時から17時まで

(5)観 覧 料 無料

(6)アクセス JR浦和駅西口下車徒歩15分、JR中浦和駅下車徒歩18分

        ※原則、公共交通機関を御利用ください。

※新型コロナウイルス感染症等、感染症の状況によって、休館及び会期変更となる場合があります。企画展の詳細、最新の休館情報等については、文書館ホームページで御確認ください。

 

2 展示構成と主な展示資料

はじめに ~坂東武者の興り~

~坂東武者の活躍を諸記録や絵図を掲示して紹介します。

 主な展示資料 

   神功皇后縁起絵巻写(小室家文書5706)

第1章 鎌倉公方と東国社会

~鎌倉幕府が滅亡後、室町幕府は東国の統治機構として、足利氏の一族を頂点(公方)とする鎌倉府を置きました。第1章は、室町時代の関東を支配した鎌倉・古河公方に関する文書を展示します。

 主な展示資料 

   足利尊氏御教書(法華寺文書2)

   足利持氏寄進状(清河寺文書2)

   上杉顕定書状 (文書館収集赤堀文書16)

第2章 戦国争乱と坂東武者

~関東では享徳の乱を境に戦国時代へと突入し、古河公方・山内上杉氏・扇谷上杉氏・後北条氏などがしのぎを削りました。第2章は、関東の戦国時代に関する文書を展示します。

主な展示資料 

   北条氏康判物(齋藤家文書1)

   太田資正判物(忠恩寺文書2)

   伊達政宗書状(杉浦家文書26)

   前田利家朱印状(北野天神社文書1958)

第3章 広がる坂東武者

~戦国時代、各地で活躍した武将には、坂東武者にルーツを持つ武将が多く存在します。第3章では、文書館収蔵の中世文書で、直接的に県域には関わらない文書の中から、特徴的なものを紹介します。

主な展示資料

   毛利輝元等連署起請文(井原家文書85-3)

   上杉景勝宛行状(米沢藩家中島津家文書5)

   直江兼続書状(米沢藩家中島津家文書7)

特集展示 安保文書の世界

~県立文書館が収蔵する県指定有形文化財「安保文書」37点を、期間を分けて全点公開します。

エピローグ

 

※一部資料は前期と後期で展示替えを行い、「安保文書」は会期中に7回の展示替えを行います。展示資料と期間については、下記の展示予定資料一覧を御覧下さい。

 

「坂東武者の生きざま~埼玉の中世文書」展示資料一覧.pdf

 

3 展示点数

  約90点

 

4 関連行事

(1)嵐山×文書館 企画展記念講演会「武蔵武士の中世~鎌倉から室町へ~」

   日時:令和4年10月23日(日曜日)午後0時30分開場、午後1時開演

   基調講演:岡田清一氏(東北福祉大学名誉教授)

   講演:清水亮氏(埼玉大学准教授)

      木下竜馬氏(東京大学史料編纂所助教)

      駒見敬祐氏(県立文書館学芸員)

   場所:国立女性教育会館 講堂(比企郡嵐山町菅谷728番地)

   定員:300名

   主催:県立嵐山史跡の博物館

   共催:県立文書館

  ※事業の詳細は県立嵐山史跡の博物館へお問い合わせください。

    (嵐山史跡の博物館ホームページ

(2)文書館歴史講座「埼玉の中世文書」

   日時:令和4年11月6日(日曜日)午後1時30分~午後3時30分

   講師:県立文書館 展示担当学芸員

   場所:県立文書館 講座室

   定員:30名

   主催:県立文書館

※申込についての詳細は後日、文書館ホームページ等で御案内します。

 

展示資料概要

1 足利持氏寄進状(清河寺文書1)  応永29年(1422)閏10月7日

 

 4代目鎌倉公方足利持氏が、清河寺(さいたま市西区)へ所領を寄進するとともに、寺を鎌倉府の祈願寺とすることを伝えたものです。鎌倉公方とは、室町幕府が鎌倉に置いた東国を統治する機関「鎌倉府」の主で、足利尊氏の四男基氏の子孫が代々鎌倉公方を世襲しました。

 

2 北条氏康判物(斎藤(古)文書1)  (永禄4年〈1561〉)10月17日

 

 北条氏康が、永禄4年(1561)に秩父大宮(秩父市)で行われた合戦(秩父一乱)、及び三沢谷(皆野町)での戦いにおける斎藤八右衛門尉の戦功を賞したものです。この前年の永禄3年(1560)に、越後国の大名長尾景虎(後の上杉謙信)が関東に進軍したことで、関東各地で戦いが繰り広げられていました。秩父一乱は、その過程で起こった戦いの一つです。

 

3 伊達政宗書状(杉浦家文書182) (天正18年〈1590〉)5月28日

 

 天正18年(1590)5月28日に、陸奥国の大名伊達政宗が、武蔵国に在陣中の浅野長吉へ、豊臣秀吉への取成を求めた書状です。

 天正17年(1589)12月、豊臣秀吉は北条氏の追討を決め、翌年早々に大軍で関東に迫りました。翌年4月、岩付城攻略のために、豊臣秀吉は浅野長吉・木村一らの軍勢を派遣しました。この頃、長吉は伊達政宗に出陣を促しており、5月9日に政宗は会津を発って豊臣軍に参陣することになります。

 

4 毛利輝元等連署起請文 井原家文書85-3 天正10年(1582)6月9日 

 

 天正10年(1582)に織田信長の家臣羽柴秀吉が中国地方に進攻した戦いで活躍した備前国(現岡山県)の伊賀家久に対して、毛利家当主輝元と、その叔父の吉川元春・小早川隆景が連署して与えた起請文です。本紙に続く起請の詞が書かれた部分には「牛玉宝印(ごおうほういん)」が用いられています。

 本文書を伝えた井原氏は安芸国(現広島県)の豪族ですが、御子孫が県内に住んでいた縁で、文書群は県立文書館に寄託されています。